相席屋の友達の話と、私の時間の使い方


女性と男性が出会いの場として最近話題になっているのが相席屋ですよね。

ちなみに私の知合いも行った事があるということだったので、話を聞いてみました。

女性は無料で遊べるからかなりの人が入っていて、女性の方が溢れている場合もあるんだとか。

相席屋のエピソード

相席屋のエピソードや口コミを見ることで来店前の参考になるのかなと。

相席屋の達人口コミ!男女の視点から相席屋を攻略するコツを語る!

せっかくの休みなので、やりたいことがたくさんあったのですが、結局家族でお墓参りに行っただけで終わってしまいました。

当初の計画では、午前中にお墓参りに行ってからどこかでランチをして、そのあと遠出をするという予定でした。ところが、お墓参り前にスーパーに寄ったせいなのでしょうか、少し出遅れてしまってから予定が狂ってしまいました。

みんな同じようなことを考えていたのかもしれません。気がつけば、墓地へ向かう車が長蛇の列です。列は一向に動きません。なぜお墓へ行くだけなのに、こんなに並ばなくてはならないのか。しかも、炎天下なのに。そう思い、一旦諦めて、あとでまた来ることにしました。

先にお昼ごはんを食べようとしたのですが、レストランもテイクアウトもどこもかしこも混んでいて入ることができません。しかたがないので、通りすがりに見かけた個人経営のレストランに入ってみることにしました。

そのレストランは駐車場がガラ空きで、すぐに入ることができました。どうやらオープンしたてだったようで、まだ存在自体が知られていないようです。並ばなくても入ることができたとホッとしました。

他にお客さんがいなかったので、すぐ食べられるのかと思っていましたが、注文をしてもなかなか届きません。オープンしたてでお店の人も慣れていないようです。コンビニで買ったほうがよかったのではないかと、少し後悔しました。40分ほど待って、やっと食べることができたランチは、待った時間のせいなのか、とてもおいしかったです。

ランチを食べ終わって、再びお墓参りに挑戦することになりました。今度はスムーズに墓地へ行くことができました。それでも、終わってみるともう夕方です。またお店が混んでいるからと諦めて、夕飯はお惣菜を買って帰りました。結局どこも行かずお墓参りだけでしたが、なぜかとても疲れてしまいました。


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憧れのハイソカーを手に入れた昔の思い出


遙か昔の話ですが当時学生であった私は車が大好きで強い憧れを持っていました。最初に乗った車は父と兼用で使用していたライトバンでしたが商売をやめたきっかけで手放してしまいました。車がない生活など考えられず父に買い替えを促しましたが無理な相談だったのです。後から聞くと私の学費やら何やらでお金が必要だったそうです。

そこでアルバイトをしており収入もあったため自分で買う決意をしました。その当時は車といえばハイソカーと呼ばれるソアラやセドリック、マークⅡなどが流行っており、シビックやトレノ、シルビアなどの走り屋タイプと人気を二分していたのです。私は走り屋タイプよりもハイソカーが欲しかったため行ける範囲内の中古車店を回ったものです。ただハイソカーは価格が高いため学生が買って乗る車ではありません。乗ってるのは親から買って貰ったり仕事をしていた者位でした。

頭金ゼロで36回払いとしてもバイトの給料では賄う事ができなかったため同じハイソカーでも旧式で走行距離が10万キロ間近の車を選んだのでした。その名もマークⅡグランデです。

しかも人気のホワイトではなく薄っすら茶色掛かった不人気車でした。しかもステレオが壊れたままの状態であり全体の状態はかなり悪いものでした。走行距離は86000キロでした。その代わりに当時の金額にして全て込で65万円という低価格だったと記憶しています。それでも憧れのマイカーです。納車が待ち遠しくて仕方ありません。納車は自分で取りに行きそのままドライブに出かけたのでした。次の日には泣けなしの小遣いでシートクッションや芳香剤、当時流行りのフォグランプを付けたのです。

ただステレオが無かったためその都度、自宅から持ってきたラジカセを後部座席に置きデートや仲間内でのドライブを楽しんだのです。流石にステレオを買うなど不可能でした。とはいえ自分の愛車でしたので週一回の洗車を心がけ大切に乗っていたのでした。

今はの高校生とかは昔に比べるとバイクを乗る人も少なくなったと感じる。

どの業界も進化と衰退を繰り返しているのかもしれない。仕事量の着目点は素晴らしいが絶対に負けたくないっていう姿勢が非常にシンプルだけど大切だと感じるようになりました。

バイクを廃車する為には必要書類も確認する必要があります。

原付バイクの廃車の手続き方法

特にバイクの場合は原付や大きさによってやり方が変わるから注意が必要だ。


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デジタル一眼レフで寺社仏閣撮影


写真、カメラが大好きで特に見るのも撮るのも寺社仏閣が大好きです。有名な観光地の大きなお寺などではなく、街中の裏通りや村はずれにひっそりと佇む、普段はほとんど訪れる人のいないお寺や神社。静かな境内に木々のざわめきとシャッターの音だけが響く、そういった撮影が好きなのです。

カメラは一眼レフのオリンパスE620と、最近ニコンD5300も購入しました。オリンパスはフォーサーズという小さめのセンサーでボディもレンズもコンパクト。ズイコーのレンズはシャープな解像とオリンパスブルーと言われる美しい青の再現で、これからも手放せません。また同じフォーサーズ規格のライカのレンズも使えますので、深みと立体感のあるライカの美しい写りも楽しむことが出来ます。オリンパスはミラーレスに移行し一眼レフからは撤退してしまいましたが、E620は壊れるまで使い倒してやろうと思います。

ニコンD5300はフォーサーズより少し大きいAPS-Cセンサー機ですが、一眼レフの中ではコンパクトな方で、これぐらいなら普段でもちょっと持ち出す気になる大きさです。写りは良くも悪くも無く、素直というか、見たまんまを写し出してくれます。まだ使い始めて間もないですが、余り考えずに直感で撮影することが出来ます。

お寺や神社の起源や歴史、伝わる伝説などを知り、いにしえの建築や彫刻などをカメラに収めます。そして帰宅したら写真の整理。一枚一枚ゆっくり眺めながら、時系列に沿ってお気に入りのショットを保存していきます。完成したアルバムはネット上の写真サイトにまとめてアップしてあります。いつでも見かえせますし、友人に簡単にシェアすることも出来ます。

写真を撮る、見るという以外にメカを操作する事自体も一眼レフの大きな楽しみです。シャッタースピードや絞り、感度はもちろん、ピントや露出の設定なども色々と試し、自分の好みの設定を探します。今のカメラは高性能ですから、オートにしてカメラ任せにしてしまえば大概の被写体は上手く撮れてしまいます。でも、自分なりのこだわりの設定を見つけるのが楽しいのです。デジタル一眼レフのおかげで、本当に充実した休日を送っています。


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楽器を弾くとリフレッシュする


楽器を演奏するというのは技術も必要ですし、リフレッシュするというイメージとは少し遠いと感じる人もいるかもしれません。しかし私は、楽器を演奏するとリラックスしてリフレッシュするという表現がぴったりだと感じます。

もちろん楽器を弾けるようになるには一流のアーティストになるために血のにじむような努力をする人や、コンクールのために何時間もハードな練習を何日も何日もし続ける人もいると思います。

しかし音楽とはもっとゆったりとした気持ちにさせるものというのが私の持論です。プロの演奏家でもない限りは楽器を弾いて音楽を演奏するという行為は自分で目標をきめて技術レベルを上げていけばいいのでそれほどつらいことでもありません。練習しないとうまくならないし、そう簡単ではないというものでもありますが、少しずつ上達して弾くことができる曲が増えていくと達成感もあり満足感もあります。また楽器から伝わる振動を直に感じながら聴くというのは脳にいい刺激になってそれがリフレッシュの要因だと考えています。パソコンやCDなどデジタルで音楽は無尽蔵に聴くことができる時代ですがやはり生の楽器の音というのはたとえプロの演奏家の音でなくても心に響くものがあり、楽器から発せられる振動をしっかりと感じることが出来ます。

私はピアノやギターを弾くことが多いですが、たまに無性に弾いてみたくなります。神経を集中させて鍵盤をたたいてみたり、ギターの弦をなんとなく触ってつまびくだけでもとてもリラックスしていい気分になって落ち着きます。音楽は確かに高度なプロフェッショナルな曲を聴くという楽しみもあるのですが、ぜひ自ら楽器を弾いてみるというのもまた違った楽しさを感じることが出来ると思います。


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カメラで撮るように日常を切り取る「短歌」という行為


今、短歌にはまっています。そう、「5・7・5・7・7」の31文字で自分を表現する「短歌」です。

短歌と聞くと、老人がやるものだという印象があったり、作るうえで約束事がたくさんあって面倒くさそうだったり、言葉を選ぶことが大変そうだったり、という感じで、敬遠する人も多いと思いますが、実際はそんなことはありません。

あの俵万智さんの登場以来、単価は非常に私たちにとって身近で、取り組みやすい表現方法になりました。

私も学生時代は、詩や小説を書いていて、その時に「自分を追い詰めて追いつめて、やっと一つの言葉を紡ぎだす」というような作業がしんどくて、卒業後は完全にそういう「文字を使った創作活動」から離れていましたが、それから何十年語って、俵万智さん以降の短歌を新聞の投稿欄などで見ていると、そこまで肩ひじ張らずにやらなくてもいいなら自分でも少しやってみようか、という気になってきました。

もともと何かを表現することは好きだったので、それからは、日記をつけるような感覚で、その時にかんじたことを31文字で書くようにしてみました。誰にも先生にはついていないので、完全に独学です。しかし、それをしていると学生時代の「自分を追い詰めて追いつめて」というのとは、まるで反対の作業なんだということを感じてきました。むしろ自分の感性を開放して開放して、その気分を言葉にする、という感じです。たとえになるかわかりませんが、風景でいいなとおもった一瞬をカメラやスマホで切り取るように、いいと思った一種や自分の心が動いた一瞬を、言葉で定着させる、というような感じです。

それは本当に自分を解放するような感じです。

最近は、新聞の投稿欄にも気が向くと、投稿し始めました。まだ採用の確率は低いですが、自分の作品が新聞に載っているのを見るのもちょっとうれしいので、続けようと思います。


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